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March 2009

「指導者」とは (『ビジョナリーカンパニー』より)

指導者とは、きわめてねばり強く、大きな障害を克服して、会社のために献身的に働く人たちを引きつけ、目標の達成に向けて社員の心をひとつにまとめ、会社の岐路になった重要な時期に指導力を発揮したトップの経営者を意味する。

『ビジョナリーカンパニー』424ページ
ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著 山岡洋一訳

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桜田門の桜

桜田門の桜
桜田門の桜が咲いていました。

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日本は太陽のように働く

日本の国旗が太陽をかたどったものであること、また、日本という名前が日の本、太陽に由来していることからも、日本は太陽のような働きをしていく国なのだと思います。

太陽のような働きとは、すべてのものを照らし、すべてのものに恵みを与え、すべてのものを成長させていくような働きだと思います。


地球上の多くの国々の中で、日本は太陽のように働き、無条件で光を照らし続けるような慈悲深い国に、今後ますますなっていくと思われます。

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『福の種子(ふくのたね)』 (春日大社)

奈良県の春日大社にお参りした際、
神主の方から、「これをもっていきなさい」と
『福の種子(ふくのたね)』を戴きました。

春日夫婦大國社の『福の種子』です。

戴きました以来、つつがなく暮せていることを考えると
ご神徳あらたかだとしみじみ思います。

春日夫婦大國社に感謝の気持ちです。


『福の種子』に記載されていることを引用いたします。

「長寛元年以来毎年早春奉仕される当社の御田植神事は八乙女が、〝福万石に本国へ植えちらし〟と芽出度い田歌にあわせて田舞を舞いつつ祭庭にこの籾種をまきちらします。この種を古くより『福の種子』と申し衆人先を競って奪い合いとなります。このような由縁により御田植祭の福の種子を神前にお供えした御幣で調えた包みに入れ大国様の御前において特別に祈祷を致しここに授与するものであります。この種子は福寿を授かる誠に芽出たいものでありますからさいふや金庫等へお納めください。毎年大晦日迄に御返納になり新春に新しく御受け直しください。」

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霞が関の桜、咲いてました。2

霞が関の桜、咲いてました。2

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霞が関の桜、咲いてました。

霞が関の桜、咲いてました。
霞が関の外務省の桜、咲いてました。

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エドウィン・O・ライシャワー元駐日大使著作より(3)

『ザ・ジャパニーズ』(1979年)428ページより引用させていただきます。
エドウィン・O・ライシャワー著 國弘正雄訳


「二十一世紀が一部の外国人がごたいそうに予言したような『日本の世紀』になるかどうかは分からない。でも日本が指導的な諸国家の一角を占めるであろうことは容易に考えられる。いや、もっとも先導的なリーダーとしての地歩を占めることすら、決してありえぬことではない。

むろんそれは、二十一世紀の全人類が直面するであろう諸問題への解決策を見つけ出すという作業においてである。」


この本をご紹介してくださった、
ひとりさんカフェのお世話になっている方々に感謝いたします。 

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エドウィン・O・ライシャワー元駐日大使著作より(2)

『ザ・ジャパニーズ』(1979年)427ページより引用させていただきます。
エドウィン・O・ライシャワー著 國弘正雄訳


「日本人はまた、全人類の存立のためには不可欠な、全地球次元の感覚をつくり上げていく作業の先頭に立つようになるかもしれない。」


この本をご紹介してくださった、
ひとりさんカフェのお世話になっている方々に感謝いたします。 

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エドウィン・O・ライシャワー元駐日大使著作より(1)

『ザ・ジャパニーズ』(1979年)426ページより引用させていただきます。
エドウィン・O・ライシャワー著 國弘正雄訳


「日本はまことに意義深い役割をはたす能力を潜在的に有しており、しかもそれは日本が強大であるという事実にのみ由来するものではなく、それを超えたユニークな事実に起因する。

それは、日本が経済的に強大な国であるにもかかわらず、戦争を放棄し、小規模の自衛隊を保有するにとどまっている、という事実である。この点、日本はすべての国々に対し、軍備競争の重圧をとり除き、より平和な繁栄の時代をきずきあげる方途について手引きすることができよう。」


この本をご紹介してくださった、
ひとりさんカフェのお世話になっている方々に感謝いたします。 

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「教師と教育に関する最高の定義」

「生徒の強みを見つけ出し、その強みに焦点を合わせて進歩させることこそ、教師と教育に関する最高の定義である。これは古代都市ヒッポの司教で、西洋の最高の教師の一人たる聖アウグスティヌス(三五四~四三〇年)がすでに『教師に関する対話』において定義しているところである。」

P.F.ドラッガー著 『ポスト資本主義社会』 333ページより

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「情報型組織のモデル」

「情報型組織のモデル」について、P・F・ドラッカー著『ポスト資本主義社会』168-169ページより引用します。


物を作ったり運んだりする仕事の生産性を向上させるには、「仕事」そのものの構造を変える必要があった。しかし、「組織」の構造を変える必要はなかった。

だが、知識労働者やサービス労働者の生産性の向上をはかるには、「組織」の構造を根本的に変える必要がある。全く新しい組織が必要となることさえある。

そして、仕事の流れを適切なものにするための「組織」のリストラが、マネジメントの「階層」のほとんどをなくしてしまうことがある。

オーケストラでは、多いときには、100人を超える高度の技術をもった音楽家が共に演奏する。しかし、「経営管理者」すなわち指揮者はただ一人である。彼と団員たちとの間に中間的な「階層」はない。

これが情報型組織のモデルである。

こうして今や、業績に対して報いるのに中間的な指揮官的地位すなわち管理的地位への昇進をもってするというこれまでの伝統からの離脱が起こる。組織には、今後そのような指揮官的地位は、ほとんどあるいは全くなくなる。

ますます組織は、ジャズ・バンドのように運営される。そこではチーム内のリーダーが、「地位」に関係なく「任務」ごとに変化していく。

そして、知識労働と知識労働者の世界から、「地位」という言葉そのものが姿を消していく。「任務」という言葉がこれに代わる。

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『ポスト資本主義社会』より

「大企業の経営管理陣は、今日では、利害関係者間における『最も均衡ある利益』を実現すべき者とはされていない。

『株主の利益のみ』を最大化すべき者とされている。

しかし、そのような定義も機能するはずはない。

それでは企業は、短期的視点からのみマネジメントされるようになる。その結果、企業がもつ富の増殖能力は、破壊されないまでも、大きく傷つく。結局は業績が悪化していく。しかもかなり早く悪化していく。

長期的な成果は、短期的な成果の累積ではない。

長期的な成果は、短期的な目的やニーズと、長期的な目的やニーズとを均衡させることによって得られる。」


P.F.ドラッガー著 『ポスト資本主義社会』 147-148ページ

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